マウィミウオの世界

間鵜井美魚の生活雑記録

安魚の予防接種

美魚は7時前からフレームのリメイクを始めた。夫の漁太郎は既に仕事に行って不在。漁太郎の朝は早い。昨日は結局掃除機はかけたものの、他には家事らしいことは一つもやらなかった。安魚の予防接種だけはなんとか済ませた。美魚は彼には何も伝えず、唐突に病院の駐輪場にアンジェリーノを駐輪した。
「実は今日、チックンなんだ」
さっと顔色を変える安魚。
「安魚は病気にならないから!」 
予想通りの展開だ。
「赤ちゃんの頃は平気でチックンしてたのにね」
「赤ちゃんの頃もイヤだった!赤ちゃんだからイヤって言えなかった!」
押し問答のさなか、安魚と同じ年頃の子どもが母親に手を引かれ病院に入るのが目についた。
「ほら!あのこチックン怖くないんだね!」
その子のリラックスした態度に力を得たのか、元気が出た。
「安魚強い!チックン行ける!」
待合室では、先程の子どもが硬い表情で診察を待っていた。中に消えるとすぐに悲痛な泣き声が響く。いよいよ安魚が診察室に招かれた。安魚は少し緊張した面持ちながら、医師の診断を大人しく受ける。そして、銀の盆を手にした看護師がカーテンの奥から姿を現す。大人三人は、これから子どもが泣きわめき、抵抗する姿を予見していた。
「じゃあお母さん、右側をしっかり抑えてください」
美魚は安魚の右腕を強く掴み、看護師の手にした小さな注射器を見つめる。
安魚は大人しかった。泣きもしなければ声一つたてない。大人三人は拍子抜けした。 
「強いねー!」
異口同音に安魚を褒めそやす。
「うん、安魚強いから」
ほんとだよな。美魚は少し物足りない気がした。ちょっと泣いたらいいのに。泣かないことは偉い。他人に迷惑をかけないから。でもここは泣きわめき大暴れする方が子どもらしくて好ましい気もするのであった。それをなだめすかす自分に母親らしさを感じるせいなのか。まあ、またすぐに二回目を打つのだか。
「お母さーん!」
階下から安魚の叫ぶ声がした。美魚は(もう起きたのか)と、嘆息したのだった。