マウィミウオの世界

間鵜井美魚の生活雑記録

孕む

f:id:mauymiuo:20170611073147j:plain孕むというタイトルで、美魚はB3パネルに下書きを始めた。B3くらいが描きやすくて好きだ。パネルも紙を張る作業がなければ好きだ。美魚は不器用なので、綺麗に張れたためしがない。
漁太郎は朝は洗濯をして、美魚と安魚に食事をつくる。そして安魚も連れて買い物に行く。帰ったら暫くしてまた食事の用意。夜は安魚と風呂で遊び、食事を出してくれる。漁太郎の休みの日は美魚は何にもしない。夜10時を過ぎたころ、アトリエで安魚が
「おなかすいた」
「お母さんなんか作って~」
という。
「お父さんに言ってよ」
「言わない、お母さん作って」
美魚はイライラした。
食事係が下にいるのに。
渋々作業を止めて台所に行く。すると漁太郎が居間から出てきて、玉ねぎを刻みながらぼそりと呟いた。
「…たく、何にもしない」

美魚の生活は漁太郎に依存、もしくは寄生することで成り立っている。安魚が零歳の頃だけ、美魚は少し疲れた。そんで漁太郎に私にねぎらいの言葉をかけてくれ。と頼んだりした。漁太郎はキッパリ断った。
「嫌だ!」
「他の人はもっと大変な思いしてる」
「じゃあ、俺は?明らかに仕事増えてるよ?誰が労ってくれんの?」
美魚は何にもしなくて済む生活に慣れ、頭はどんどん馬鹿になっていた。赤ん坊にくたくたになるのは皆同じとしても、美魚が生意気に育児ストレスを感じるのは苦労したことが無いせいだろう。では、苦労とは何を指していうのだろう。

美魚の母は苦労している。弟を宿したでかい腹を抱えて新聞配達をしていたという。内職、ポーラレディ、旅館を掛け持ちして働いてるのを美魚は見ていた。その後も営業職を転々としながら借金返済に奔走していた。母はいつも不在で、家は汚いし、父はゴロゴロして酒を飲むか、競輪競馬に行くか、病院巡り。
幼い弟の病死に続けて親の不注意ゆえの兄の大火傷。その後も疲労による注意力散漫で母は対物事故を数回起こし、父はギャンブル、虚栄心による浪費を続けていた。あとで聞くと当時借金が1000万以上あったらしい。
要するに母は配偶者選びに失敗したのか。では父は結婚に成功したんだろうか。
「今までどこほっつき歩いてきやがった!」
(玄関さきで)
「全部てめえの稼ぎが悪いからだー!」
ガッシャーン!
(美魚と兄は居間を退散)
と言う風に父は母をよくなぐっておったから、幸せは感じていなかったように思う。父は母に寄生し、兄も母に寄生していた。母は大学卒業後も兄に20年くらい仕送りをしていたが、仕送りを続けていることを美魚が
「二人とも馬鹿なの?」
と意見すると、
「別にあんたに迷惑かけてない!」
と怒ったことだ。それも母の定年で終焉を迎えた。
兄は仕送りを断念し、実家に戻るも働くわけでもなく2年ほど研究、著作に没頭し、ついに父にサスマタようの物で
「疫病神」
と追い出されたそうだ。兄は今は自立して、新聞配達をしつつも全身芸術家で暮らしている。美魚はいつも兄に感服する。ドキュメンタリーとかでれば絶対面白いのに。浮世離れは美魚の比ではない。これがアートと云うものなのか?

母に子育てという大義名分も済ませたのに、なぜ離婚しないのか、と聞いたことがある。
「暴力がなければいても嫌じゃないから」
夫婦間にはやはり暴力以上の絆があるんだろうか。単なる無気力だと思われる。
よく女性起業家のエピソードなどを聞くと苦労度は母もひけを取らないと感じる。母は死ぬほど働きはしたが、ずっと貧乏。これで社長にでもなれば大したタマであるが、貧乏のままなのが切ない。その差はやはり気力や、のしあがろうという野心の欠如か。母が美魚に
「私は愛で子供たちを育てた!」
というのを聞くと、凄いとは思うが、なんかしっくりこない。なぐられた青たんでよく着物や家具や新聞や化粧品が売れたなぁと感心はする。

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