マウィミウオの世界

間鵜井美魚の生活雑記録

みーちゃの思い出

今日で安魚は3歳4ヶ月になる。そして今日はみーちゃの一周忌である。みーちゃとは12年飼っていた雌のアビシニアンだ。
みーちゃは脇の下にこりこりした塊が出来てから、少しずつこりこりが全身に広がって、大好きな銀のスプーンのカリカリを食べなくなった。たまにしか与えなかったカルカンパウチに替えたら、ムクッと起き上がってふたくちくらい食べたので、以後与え続けた。食欲の権化で、七キロもあったデブシニアンが、最後は三キロ以下にやせこけて、そして遂に死んでしまった。
ガリガリで足腰が立たず、死ぬ数日前からトイレに行けなくなった。漁太郎が
「いんだよいーんだよ」
と体を綺麗に拭いてやると、みーちゃはすまなそうにムームー鳴いた。哀れであった。
みーちゃは漁太郎になついていたので、死んだ朝も漁太郎の枕元だった。
「おい、おい!」
漁太郎が美魚を起こしたのが朝の7時くらい。まだ体は柔らかいままで、本当にひっそりと死んでしまったのだった。
漁太郎はみーちゃを抱いて号泣した。美魚は、もっとしてやれることがなかったろうか、と後悔した。涙にくれる二人に2歳の安魚は
「心配しないで、そんなに心配しないで」
と繰り返し言うので余計悲しくなった。
二軒となりの家の5歳の雄猫が、みーちゃより少し前に腎盂炎で死んだそうで、飼い主のじいさんは2日おきに自転車で点滴を打たせに病院へ通ったそうである。やっぱりその猫も怖いくらいにガリガリで、何も食べず、鼻水をたらしてぶるぶる震えていた。
じいさんはそれでも2ヶ月延命させたそうだが、美魚たちはみーちゃの延命をチョイスしなかった。あの腫瘍はがんだったのだろうか。病院で早めに手術をしたら元気になったんだろうか。等々美魚はみーちゃの亡骸をみて考えたことだった。
みーちゃは深大寺のペット霊園の分園にて供養していただいた。葬儀と火葬を深大寺で行い、遺骨の一部を分園に納めるのだという。引き取りまで一日あって、みーちゃの通夜を家族三人で行った。いつも入っていたバスケットに、花びらを食べるのが大好きだったみーちゃを安魚と花で埋めた。エアコンを強めにして、保冷剤を敷き詰めたのだか、半日くらいで匂い始めた。
翌日、迎えの車がやってきた。小さな白いバンだったが、係員の神妙さはなかなかだった。
みーちゃはバスケットごと車の中に納められた。ひんやりとして薄暗い中にもう一体、奥に段ボールが入っているようだった。
係員は扉を閉じて、車は出発した。美魚たちはまた涙が溢れた。
「みーちゃは車でいっちゃった」
しばらく安魚はそう言っていたことだ。
みーちゃは美魚の飼った2匹目の猫。だが、いつのまにか漁太郎の猫になってしまった。子猫の頃は美魚の腕に飛びかかり、かじりついてローリングするのが得意技であった。太り始めてからは一日中丸太のように台所に転がっていた。
顔だけ可愛いかった。
「みーちゃはみーちゃの国から帰ってくるよ」
「またみーちゃに会えるよ」
と安魚は予言をする。
美魚は今日、安魚を連れて近所の分園にお参りに行くつもりである。