ノラが行く
ノラが死んだ夜、漁太郎はノラを自分の枕に乗せて眠った。いつものシルエットだ。まるい物体に三角の耳。
ノラが死んで、抱くのをやめた美魚は、寝床にそっと戻した。
不思議なことにノラはいつもの様に身体を伸ばし、枕に頭を乗せて、手を箱の縁に乗せる。
リラックスして、気持ちよさそう。
ずっとこんな姿を見てなかった気がする。やっと楽になったね。
次の日起きるとノラの棺が漁太郎によって用意されていた。
それは安魚が使っていたベビーバスケットだった。
ノラは布団からちんまり頭を出してる。
漁太郎が仕事なので葬祭の手配を美魚がする。
2年前みーちゃをお願いした寺院に連絡すると、9時から12時でお迎えにあがるとのこと。
みーちゃは1日空いたのに、早い。
安魚と花を買いに行き、カルカンとカリカリをお弁当に持たせる。
9時半にはあの白いバンが私道に入ってきた。
ああ、もう行ってしまう。
ノラをバンの荷台まで運ぶ。
既に悲しい遺骸が奥に積まれていた。
その手前ににノラのバスケットを置いた。
近所のおばさんが窓から私道を見てる。
頼むから何も話しかけないで…合掌。
車は府中の本院へ向かうという。
明日火葬され、翌日分園に遺骨の一部が戻る。
みーちゃとやっと一緒になれるね。
2匹いた猫が2匹ともいなくなってしまった。
淋しい。
猫がいないなら三泊四日以上旅行ができるではないか…
それだけだな。
ノラが死ぬ
3月29日、ノラが死んだ。
ノラは2月から徐々にガリガリになり、足腰もふらつき、猫としての能力を失う。ジャンプはおろか、低いスツールによじ登ることも出来ず、階段も登れなくなった。シモはまだしっかりしていた。猫はシモが出来なくなると終わりだ。
最後の日、ノラが階段の下で鳴いていた。
2段ほど登り、肩で息をしている。
2階に行きたいんだな、と抱き上げ、お気に入りの窓際のスツールに乗せた。
すると、美魚の膝にのる。
ありがとう、
と言っているようだった。
身体は骨と皮ばかりだが、眼だけは星のように冴えている…。
その夕方はいつものように、ノラは台所のエサ皿の前に座って帰宅した美魚と安魚を待っていた。
またおねだりか?
と少し放って置いた。
漁太郎はあらゆる種類のパウチエサを用意し、小皿は三、四皿置かれてある。
ノラはそれでも他のが欲しい、とよく訴える。
ノラは突然倒れた。
そして尿を漏らした。
あっ?!
ノラは立ち上がろうとしてもがき、
大きな口を開けて嘔吐するようなしぐさをした。
だがそれは、息を吸おうとして、吸えないのだと分かった。
ノラが死んじゃう、今死んじゃう!
漁太郎が居ないのに、死んでしまう!
ノラは怖がっている。にゃおーっっと鳴いて、
もがく。苦しいのね。
美魚は溺れてゆくようなノラを夢中で引き寄せ、
大丈夫、と声をかけた。
大丈夫、大丈夫…怖くない。
安魚はTVを見てて、呼んでもなかなか来ない。
「ノラは死なないよ!」
といい放ちまた行ってしまう。
もがく事5分くらいか。ノラは最期の一息を吸おうとして、吸えず、遂に死んだ。死ぬのを看取ったのは初めてだったので、ショックだった。
「ノラが死んじゃったー!!!」
安魚は走ってきて
「ノラは死んでないよ!」
ノラは口を大きく開き、舌を垂らしている。歯が汚い。もうこんなだったのか。抱き上げるとぐにゃぐにゃなんだよ。首がガクガクなんだよ。
なのに身体はあったかいんだよ。
「ウォーズマンだって心臓止まっても生きかえったよ!ノラは死んでないよ!冬眠したんだよ!」
安魚がきーきー喚いてる。美魚も負けずに泣き喚いていた。
あー…あー死んじゃったよう。
可哀想に。
でも最期まで頑張った。偉いなあ。
生を立派に完結させたんだねえ。
抱いていたノラは30分くらい温かく、柔らかだった。
撫でているうちに、開いた口は閉じて、まるで寝てるだけみたいだった。
ノラはガリガリになってから何時も苦しそうだった。ここ数日はろくに眠れない様で、漁太郎にへばりついていた。漁太郎はノラの寝床に毎日湯タンポを入れていたのに、漁太郎の枕に乗って休んでいた。
その夜仕事先から急いで戻った漁太郎は泣きながら
「きのうもうダメだと思ったんだよ」
「ノラほんとに苦しそうでさー」
いつか死ぬのは分かっていた。
臨終は5分間でも、生は14年。
死のカウントを見るとき、美魚は巨大なコンピュータールームが浮かんだ。
端から電源が落とされてゆき、最後は真っ暗になり、静寂が訪れる。
身体は静まり、心は大きく膨らんで、何処へ行くのか。
当然そのときはこんなに冷静ではない。
安魚4歳になる
秋葉原のまんだらけに行き、安魚の大好きな悪魔将軍を探す。
無かった。
七人の悪魔はあったが、高い。
安魚はキン肉マンとテリーマンのフィギュアをプレゼントに買ってもらった。
3歳の時のプレゼントは妖怪ウォッチだったなあと懐かしく思い出す。
また来年には、何が好きかなんて分かりはしない。
4歳を迎え、3歳までの心理的な優待券の期限が終る。
そう、3歳までは世間様に甘える気持ちがやはり否めない。
ふりかえれば赤ん坊がいくらでも生まれてくる。
もう安魚は赤ん坊ではない。
隣の家の嫁にいった娘は、美魚に半年遅れて子供が生まれた。
この間久々に見たら、先の子供を連れて、赤ん坊をだっこしていた。
二人目か。
伏し目がちなのは優越感か。
2回くらいは育てたほうがいいのかもな。
今育児は9割旦那さんが見ている。
美魚は風呂に一緒に入って、一緒に寝る時に本を五、六冊読むくらい。
家事全般旦那さんが執り行っている。
じゃあ美魚はなにをしているのかといえば、
ぼんやりしているんだよな…。
姑根性の萌芽
安魚と知らない公園に行った時、土管の上に知らない女の子が寝そべっていた。女の子は背中まで髪をたらし、どぎついピンクのワンピースに、黒と白のボーダーレギンスをはいていた。裸足だったが、土管の下に真ピンクのモフモフしたブーツが揃えてある。そして物憂げに紫のパンジーを1つ玩んでいた。詩的である。
安魚も土管によじ登ると、小石が幾つか積んである。触ろうとすると
「それ、○○ちゃんのだよ!」
と牽制する。
しばらくして、
「ねえ、こういう石拾ってきて」
と、甘えたように安魚に命じる。
安魚はあわてて土管を降り、石を探して拾い始めた。
ピンクの子供は無感動に寝そべったまま、安魚が貢いだ石を並べパンジーを玩ぶ。
「もっと拾ってきて」
安魚は拾っては渡し、また命じられ、拾ってくる。魔性か。
おい、なんで言いなりなんだよ。
美魚はヤキモキしつつ離れて見ていた。
帰り際安魚に
「何でいうこと聞いてたの?やだなーって思わなかったの?」
と尋ねると
「やだったけど、遊んでくれなくなるから」
「あの子供可愛かったの?」
安魚は普段から可愛い子供(安魚基準)には積極的なのだ。公園でもまず女の子に近づく。可愛くない子供(安魚基準)とは誘われても遊ばない。
「可愛くなかった…可愛かった」
どっちだよ。
安魚はピンクの服に弱い。
男はピンクを着てるとツラはともかく可愛く見えるのか。
つまらん。
あーあ、やだな。
美魚はあんな小娘(幼児)に嫉妬すんのか。
私の可愛い安魚くんを牛耳るんですもの。
これが姑根性だと思う。愚かな…
安魚は少し前から自分が女の子ではないとわかり始めた。女装させても男は男に育つようだ。とりかえばやしかり、である。君は女である、と暗示をかければ別かも知れないが、普通に青や水色を多用した男児服で育てれば、もっと早くから自己確立するだろう。女の子は幼いうちから積極的にピンクを着せるとより女になるのが早いようだ。カワイイが刷り込まれやすくなるのだろうか。
ちなみに美魚は兄のお下がりを着て幼年期を過ごしたため、男の子と間違えられることが多かった…。
安魚は悪魔将軍が好き
ケーブルテレビのコースを変更した。
四年間無駄に払ってきたインターネットを解約して、少しグレードをUPして、
視聴番組を増やしたが、
それでも1000円安くなる。
YouTubeとか観れんのねー。
隔世の感あり、である。
安魚はキン肉マンが大好きだ。
プレステ2のキン肉マンジェネレーションズでは、美魚は安魚にぼろ負けする。
安魚は暇さえあればキン肉マンをYouTubeで見ている。
リングーにーいーなずまはーしりー
ズダダーン、ズダダーン
むーねの、ほーのおがー、マットをこがーすー
ハチャメチャいそがしスーパーヒーロー
ハリケーン、ミキサーでー、地獄におーちーろー
みんな歌える。一緒に歌うと楽しい。
今は昭和60年くらいか、と錯覚する。
こども園では友達と話題が合わないだろうな…
ハリケーンミキサー!
火事場のメガトンパーンチ!
じーごーくーの断頭台ー!(怖い声)
なんて4歳は知らないよ。
(いや、知らない人は何歳でも知らない)
プリキュアもセーラームーンも安魚は好きである。
安魚曰く
「幼稚園より家でキン肉マン見てるほうが楽しい」
そーだろうね。今んとこはね。
入園準備はお済みですよ~
安魚のこども園用の袋物、ハンカチなど漸く完成。
美魚は曾て洋裁に嵌まり、毎週のように吉祥寺のユザワヤに通っていた。ジャケットとか、スタイルブックをみて作ったりした。そのとき職業用ミシンがどうしても欲しくて買ったりした。
シュプール98。八万くらいしたと思う。
買った途端に今度は和裁がやりたくなり、問屋街で反物を買いまくり、肌着から袷に至るまで作り上げ、ぱったりやる気が無くなった。
美魚は熱しやすく冷めやすい。
時間と金を無駄にしてきたなとつくづく思う。
今回久々にミシンを出した。
楽しかったことである。
安魚は来月入園だが、信じられない。
ほんとに行くんだろうか。
入った途端に退園しそうな気がして仕方ない。
神様は宇宙人
宇宙は優しい。
美魚の口座に残金283円しかない。
もうどうしようもない。4月から安魚はこども園。宝くじは当たらないし、困窮していた。
前日に見た変な夢の話をしよう。
韓国人のおばさんが美魚の頭の少しうえを見ながら、
「あんたの頭の上に神様がついてる」
といきなり話しかけてくる。
鏡で見ると灰色の肌、黒い髪をたらし、オデコがぼこぼこ飛び出していて、目がバッタみたいな異形が映っていた。
まるで宇宙人だった。
ハッ、と夜中に目が覚めて、あ、夢か。バカにリアルな夢だったと美魚は思ったことである。
そのあと預けていた美魚の絵が売れたのである。
16万円になった。助かった…。
ありがとう。
宇宙は優しいのですね…
宇宙人(神様)が、ついてるのですね。
美魚はますます変な思考に嵌まりだすのであった。
まあ、いいや。
いいや。じゃないよ。
購入者様。
あなたが神さまです。