マウィミウオの世界

美魚の生活雑記録

自己満足は不満足

f:id:mauymiuo:20170502082457j:plain漁太郎はフリマが好きである。安魚を連れてよく覗きに出かける。漁太郎と二人で自転車を並べて外出する時、およそ美魚は目的地を知らない。だが、土日などにわざわざ大きな公園に行くのはたいていフリーマーケット目当てだ。漁太郎は安魚の服を熱心に漁る。安魚はがらくたを物色し始める。その後ろにボンヤリ立っている美魚。所在なくうろつき始めた先に、目に痛いほど輝くジルコニアリングが並べられていた。思わず美魚は、右手に嵌めたリングと見比べてみたくなった。0・65カラットのダイヤを、0・53カラット相当のメレダイヤが囲む、母親のお下がりのノーブランドリング。大きなダイヤを有難がるバブリーな時代は終焉を迎えたが、美魚は好きである。トータルで1カラットはないとつまらない。ティファニーなら云うことなしだが、ティファニーを儲けさせる必要はない、と負け惜しみも出たりする。だが、大事な指輪はまるでジルコニアと大きさも輝きも変わらないではないか。手に取ればこちらはアームなど玩具感満載だが、一見どちらもダイヤであり、ジルコニアである。馬鹿な…
「着けて見てくださいねー」
声をかけられ、あわてて離れる美魚。
少しナーバスになったところに漁太郎が近づいてくる。
「あっちにヴィヴィアンあった」
見れば割と使用感の、黒いカード入れに小さくオーブのついた代物。
「1500円で」
と50代後半の女性が答える。いらない。目で漁太郎に伝える。
「じゃあ1000円でいいですよ」
それでもいらない。すると女性は
「これ、ブランドなんで…」
と安売りできないオーラを出すのだった。美魚は20年来ヴィヴィアンが好きである。その日も服、バッグ、時計を身につけていた。たとえパッと見ジルコニアだとしても、美魚はダイヤモンドなのを知っている。刻印されてるから。オーブがついて無くともこれらアイテムがヴィヴィアンなのを美魚は知っている。買ったから。ブランドは自己満足でしかないのだが、やはり他人の千里眼でも期待している自分がいる、と美魚は思う。やがて女性は、カード入れをノートや皿や、雑多なものの前に、また目立つように置き直したことだった。

モラトリアム続行中

f:id:mauymiuo:20170424072834j:plain新宿世界堂に行く。誕生日を迎えた美魚は、漁太郎にねだる物を考えていた。一番欲しかったのはティファニー。だがそれを言い出す事ができない。特にティファニーなど、大ブランドの価値を疑うことをモットーとしている漁太郎には絶対受け入れ難い代物である。美魚はメディウム数点とカラーインクセットを漁太郎に買ってもらった。世界堂を出て、伊勢丹が目に入るが、二丁目方面に足を向ける。ぶらぶら散歩しつつ、なんとなく曙橋まで歩く。そーだ、久しぶりにセツに行ってみたいな、と美魚は思う。だが、まったく思い出せないのだ。曙橋駅から出て、直ぐだったことは覚えている。フレッシュネスバーガーがチラッと目に入った時、美魚は十数年ぶりに記憶が蘇った。外観は経年を感じるものの、美魚が学んでいた頃とほぼ変わらないままであった。ちょうど卒業制作数点が展示されていた。懐かしのセツタッチ、かの伝統は受け継がれていた。美魚はこの絵が描けなかった。流れる瀟しゃなライン。ファッション画。憧れのA。美魚がしばしば指摘された「これは制作だね」の言葉は、今も頭に残る。確かに美魚はアートではない。制作である。アートとは伝統のラインを習得し伝承することなんだろうか。美魚は反発を覚えつつも、セツの雰囲気だけは愛していたことだ。美魚は年をとり、子供がいて、その子供をセツの前に立たせたりする。美魚はティファニーが欲しいと思ったりする。そしてそれを今自分で買う事ができない。会社員の頃なら簡単に買えたが、今は無理である。美魚は重たい世界堂の袋を指に食い込ませ、セツを懐かしそうに眺める自分に何となく嫌気がさして、石段を登った。

安魚の3歳児検診

安魚くん今日は3歳の子集まれー!の日だよー。3歳の子どもがちゃんと育てられてるか、チェックするんだね。
美魚と、この日の為に休みをとった漁太郎は、安魚を連れて保健センターに向かった。面談 身体測定 栄養相談 内診 歯科検診でほぼ一時間。何も問題なしである。虫歯が1本もないのが褒め処か。漁太郎は栄養相談では饒舌をふるい、美魚は他の母親の服装やアクセサリーが目につき、安魚は他の子どもを気にしていた。家に帰ると安魚は美魚に、
「安魚ね、かわいい女の子が気になったの」
「ふーん。近くにいたっけ?」
「離れたとこに座ってたの」
漁太郎がすかさず
「安魚もかわいいスカート欲しいのか?かわいい髪型にするか?」
と尋ねる。 
「安魚明日スカート買いに行く」 
またか。漁太郎はなぜか安魚を女装させる。彼が買うのはほぼ女児服だ。ピンクやハートやフリルが恐ろしく似合うのは、安魚がこけしソックリのおかっぱ頭なことと、こけしソックリの顔の輪郭にある。だが、初めは親がなんも分からない子どもに勝手に着せてたものが、次第に安魚のジェンダーを揺るがせたのも美魚は知っている。女は作られる、と云うのは本当だと美魚は思う。
「安魚を混乱させないで、こいつ自分を女の子だと思ってるよ」
「安魚の個性を否定すんなよ!」 
あーあ、またそれかよ。もうどうにでもなればいいよ。でもスカートだけははかせたくない。美魚は頭が固いんだろうか。面談で安魚の前に二冊の本が並べられていた。乗り物とくだものの絵本である。熟年保健師は 
「どっちが好き?」
と安魚に尋ねる。当然乗り物を手に取る。安魚ははやぶさが好きだからだ。これは一応何かのテストなんだろうか。だが、彼女は安魚がスカートをはきたいことは知らないのだ。今日の服装も男の子寄りにしていることだし。漁太郎は「またそれ着せてる」となじるが、この場で女児服着せるとめんどくさいじゃん。
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イケアリメイク額

f:id:mauymiuo:20170409072946j:plain美魚はイケアフレームのリメイクをする。紙粘土は扱いやすいのであっという間に仕上がる。もう雨が3日も続いて、安魚を遠出させる事ができない。安魚は昨日、ご飯どきに漁太郎に怒られて、へのじぐちして涙を二粒つつ~っと流した。漁太郎は安魚に怒る時も本気なので横で見ていてドキドキする。父親が怖いと云うのは良いことのような気もするが、美魚は自分の父親が凄く怖かったので、あんまり好まない。漁太郎の怒りには理由があり、家庭でしつけをするのは親の義務である。しつけをする怒りは正統性があり、虫の居所の悪い怒りはただの八つ当たりである。美魚の父親は怒ると木刀を振り回すのでたちが悪かった。食卓にいきなり降り下ろされる木刀の破壊力は絶大で、子どもの頃の食事どきはまったく楽しめなかったことだ。第一に彼はしらふではない。第二に彼は人格が崩壊していた。第三に彼は何時も家にいた。煙たくて不必要な存在、それが美魚の父親であった。漁太郎は酒をまったく飲まないし、少しうるさいがちゃんと理由があり、この食事も全て彼が調理したものである。安魚は
「わかったか」
で解放されると、美魚に抱きつき慰撫され、けろっと食事を再開した。普通っていいな、と美魚は思った。

2年保育をチョイスしたのは

f:id:mauymiuo:20170407085240j:plain美魚の作業は一段落ついた。昨日は家族三人で東武動物公園に出向いた。ファミリー優待券を頂いたので、特急りょうもうに乗り安魚を喜ばせてやったことだ。そのため作業は安魚の寝静まった11時から、深夜1時迄おこなった。今朝は珍しく安魚がまだ起きて来ない。疲れたのであろう。普通の親ならもっと生活リズムを整える必要を感じるだろう。寝る、起きる、食べる、遊びに行かせる、それら全てその日次第である。その日暮らしをはや3年継続させている。安魚を今年、私立幼稚園の年少入園をさせるべきか否か、を去年の夏に漁太郎と話した。
「来年さー、安魚の幼稚園どうする?」
「なんも考えてない。2年行かせりゃいーんじゃない。行かせなくたって構わないくらいだし」
美魚夫婦世代は私立幼稚園の2年保育が主流であった。だが美魚は迷っていた。周りに年中入園を考えている家庭は皆無と言って良かった。敢えて時流に逆らうほど確固とした主義主張などは持ち合わせていない。普通にしてればいい、みんながすることをしてれば問題はない。美魚も流されたような顔をして、安魚を入園させようと考えていた。
「毎朝幼稚園に送ったり出来んの?今の君の生活じゃそんなん無理に決まってんだろ」
「バスだってあるし。ピカチュウとかドラえもんとかアンパンマンとかみんな安魚の好きなのだよ」
「なんの為に子ども乗せ自転車あるんだよ、乗せないよバスなんか!」
毎日時間通りに行動する、美魚の一番苦手なことだ。いざとなれば出来る気はする。自信はないが。
だが結局、美魚は漁太郎の意見に従う事にした。
(幼稚園には3歳から入れよう、そしたら自分の時間が出来るから。)
それが美魚の本音であった。実際には今の自由な生活が壊れるのだ、みんながするように出来ないといけないのだ、そんな簡単な事に気づいてなかった。だから美魚は
「安魚の為に絶対頑張るから!」
とは主張できなかった。友だち、遊戯、先生。それらを楽しむ機会を1年分安魚から取り上げてしまったんだろうか。ろくな子育てをしてないなら、プロの保育に預けた方が安魚には良かったかもしれない。だが、まだ3歳ではないか…ふぐた家たらちゃんだってぶらぶらしている。そもそも美魚は来年には規則正しくなれるんだろうか。美魚は安魚を起こしにアトリエを後にした。

木かる粘土フレーム作り2

漁太郎が休みの日。間鵜井家では、夫の漁太郎が主に家事を担当している。今日も朝6時から彼は、溜まった洗濯物を片付け、朝食の準備をする。美魚は安魚と9時前までぐっすり眠っていた。漁太郎は昼前に買い物がてら安魚を連れてアンジェリーノで外出。漁太郎は2日の休みのうちほぼ2日、安魚を連れ出してくれる。そのうち1日は美魚は作業に没頭する事にしている。安魚はいつものように
「お母さん涙枯れるまで泣いててねー」
と美魚に手を振る。
「お母さん泣いて待ってるよー」
とは言うものの、美魚は漁太郎の運転するアンジェリーノが私道から消えると直ぐに木かる粘土で、ダイソーフレームのリメイクを再開した。f:id:mauymiuo:20170406212117j:plain4時過ぎ、表から安魚作詞作曲の「安魚は~可愛いって~言われるけど~」が遠くから聞こえてきた。次にくるのはピンポン連打である。美魚は作業を中断し、慌ただしくアトリエを後にした。

木かる粘土フレーム作り

f:id:mauymiuo:20170403143504j:plain美魚はダイソーの200円フレームのリメイクを朝7時から始めた。階下から安魚が起きた気配がする。ガラス戸を開け、それを意外と静かに閉める音。次いでドタドタと階段を四つ足で登ってくる音。もうこれ以上作業はできない。今日こそ掃除機をかけたい、それに安魚の予防接種も行きたい。午後は天気が崩れると云うし、まだ神棚にお参りしていなかった。早く作業を止めなくては…
「お母さーんもう一回寝るのぉー」
安魚が叫びながらアトリエに駆け込んでくる。美魚は木かる粘土にまみれた指で摘まんだタバコを、慌てて揉み消したのであった。