マウィミウオの世界

間鵜井美魚の生活雑記録

育てたカエル

4月2日に安魚と公園で採取した四匹のおたまじゃくし。

5月10日。手足が生えた数日後一匹が溺死、水を減らし陸を作る。死骸は公園の桜の下に埋めた。
その翌日に蓋を閉め忘れさらに一匹脱走、家の中で行方不明になる。尾がまだあるので油断してしまった。
5月18日。完全にカエル化できたのは二匹である。カエルと言えば雨蛙をイメージしていたものだが、これはヒキガエルのようである。こいつらも、あの馬糞みたいにべったりした、大きな姿になるのだろうか?まだ嘘みたいに小さい。

カエル化したら元の池に返すつもりで飼育していたものの、あまりの可愛いらしさに手放せなくなってしまったのは、むしろ美魚の方である。
一番困るのはエサだが、今は公園でアブラ虫のついている草花を採ってきてそのままケースに入れたり、家に出てきた蛾を与えたりしている。掃除してたら黒い小さな昆虫が出てきて、与えてみたがこれは食べなかった。カエル化して6日ほどであるが、夜に虫を食べるようで朝には糞が落ちている。このまま飼育できるだろうか。ミルアームとか、コオロギとか、そういったものがやはり必要なのだろうか。とりあえず手当たり次第その辺の虫を与えてみようと思う。

一センチ弱の可愛いこいつら。
一匹は腹がぷっくりしており、名前はピョンタ。
もう一匹はほっそりしている。名前はピョング。
二匹はタッグパートナーを組むとピョンタッグになるのだそうだ。
安魚の命名だ。
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いつか読みたいバシュラール

f:id:mauymiuo:20200216121248j:plain2月14日。今日で青森も最後である。昨日の雨で雪は急速に溶け始めた。青森市内は殆ど雪は残っていなかった。暖暖冬も頷ける。到着が遅れたらあの雪景色は味わえなかったと思うとありがたい。
しんまちで古本屋に入る。この本屋は以前はもっと離れた場所にあったと思う。聞けば1年程前に移転したそうである。井上靖の古い文庫本が大量にあって、買い漁った記憶がある。井上靖の昭和30年代の恋愛小説が好きだ。
本棚にある本は美魚の本棚か、と思うような好きな作家ばかりである。澁澤龍彦…今じゃ100円コーナーにあったりする。いつか再評価されないのだろうか。若い美魚にいろんなことを教えてくれた司書。
初任給で集成を買ったとき、三万円だったな。本は集めているときが楽しい。内田百閒も文庫は殆ど集めてしまい、つまらない。そこに古い全集があったりすると、また話は別で、物凄く欲しい。だが四万円では手が出ない。
バシュラールをいつかのんびり読みたい。なので見つけると買うが、まだ一冊も読んでいない。
子どもが小さいうちは自分の時間がない、というわけでもない。美魚にはありあまる時間がある。
図書館でスピリチュアル本を借りて読む時間をバシュラールに代えればよいのである。
美魚はなぜか、バシュラールだけは完璧に自分の空間を作り上げてから読みたいと思っている。
その日は果たしてやって来るのだろうか。

善知鳥神社に今回も参拝する。
龍神様にも忘れずお参りする。お楽しみは、参拝後のおみくじである。おみくじはこの頃、吉か中吉あたりで、大吉ばかり引いていた頃がうそのようである。集中しておみくじを引くと、凶がでた。
道に迷っているが、神の導きで正道に戻るとある。
そうか…道に迷っているのか、そう言われればそんな気もする。

13時14分発はやぶさにて、東京に戻る。
都内はさらに暖かい。コートの下は忽ち汗ばむ。
最寄り駅から出たとたん、雨がパラパラと降りだした。
ああ、龍神様がここまで一緒に来てくださったのたなぁ、と美魚は感じたことである。
実に楽しい三泊四日であった。

白樺の小枝

f:id:mauymiuo:20200216111056j:plain2月13日。天気は雨。ロープウェイは動いているようである。バスの出る11時半まで部屋でゴロゴロ過ごす。コロナウイルスの影響か、中国人の観光客は沢山はいない。それでもいないわけでもない。白人、青森県民、わしらみたいな他県民などが古い宿に集まっている。凄く山奥、というわけでもないのにこの隠れ里感がこうも醸し出されているのは何故だろう。軋む廊下や、薄暗い大浴場、充満している硫黄の臭い、そして圧巻の積雪量などが相まって酸ヶ湯温泉ホテルは異次元感を生み出し、時間すらないかのように佇んでいる。
しかし、忙しく立ち働いている従業員を見ればここは単なる現実の世界である。

バスで八甲田山ロープウェイ入口に到着。ロープウェイは15分間隔で運行している。乗客は殆どが外国人のスノーボーダーである。前回はあまりの寒さにしくしく泣いた安魚も、パカとへんなねこを握りしめ、嬉々として山頂に降り立つ。雨は止んで曇り。気温は-2度。全然へっちゃらである。視界も悪くない。
名物の樹氷はまるで物乞いの列のようだと美魚は感じる。タロットカードのコインの5の図柄を思い出す。神の恵みに遠く及ばない悲しい姿の人物。きっと教会の窓を離れてこの霊山にやって来たのだろうな。
高みから地表を見下ろしていると、なぜ気分がいいのだろう。見られる側から、見下ろす側に立っていることが、神の視点のようだからだろうか。遠くまでよくみえる、ということは気持ちがいい、それだけのことである。

美魚は白樺の小枝が欲しい。ロープウェイ入口駅辺りには沢山白樺が生えているが、皆深い雪に囲まれて近づくことができない。未練がましくうろついていたら、雪の上に一本小枝が落ちていた。
ありがとう神様。

酸ヶ湯温泉

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2月12日。ビジネスホテルで食料を買い込みだらだら過ごすのがいつもの旅であるが、食事つきのホテルはやはり素晴らしい。凄く贅沢している気分になる。安魚は幼児ゆえ食事無しであるが、白米や味噌汁、ふりかけや、りんごジュースをサービスしてもらえた。そもそもこいつが食べられる物はお膳のなかで豆腐漬物ブロッコリーくらいのもので、肉魚全般駄目である。4月からは小学生、学校給食、牛乳も飲めないし、どうなることだろう。

美魚は給食に人生の挫折の発端がある。
夏が近づくと給食に度々パックの冷奴が出された。特別に不味くて食べるのが辛かったが、先生に怒られるのが怖くて半泣きで食べたことである。
ある時ひらめいて、それを机に掛けてある上履き入れに隠して、食べたふりをして、せいせいした。
せいせいしたはいいが、折しも蒸し暑い季節である。3日もするとたちまちにして虫が湧いた。

なぜ忘れたのだろう、と今でも後悔する。
授業中に、白い虫が通路を教壇に向かって這ってゆくのを見た時、美魚は上履き入れを恐る恐る覗いた。そして震える指でファスナーを閉め、早退した。そのまま冬休みが終わるまで学校に行けなかったのである。出席日数があと数日足りなければ進級出来なかったそうである。8才の美魚には持ちきれない疚しさであった。何故学校に行かないのか、その理由さえ話せなかった。休ませ続けた親も変わっているが、寒くなり、虫も全部死んだな、と気づくとまた楽しく登校することができた。
しかし、以後の算数に全く着いて行けなくなってしまうのである。

浅虫水族館に向かう。朝ホテルが送迎バスを出してくれたが、目の前である。イルカと握手出来るチケットが1人500円。3人分購入した。イルカはヒレを体を横にして差し出しているが、プールの深さを思うと恐ろしかった。ショーでプールサイドに何気なく立っている飼育係さんは、凄いんだなあと改めて思ったりする。

いよいよ酸ヶ湯温泉に向かう。
ホテルの送迎バスが青森駅付近から出ている。
以前もまだ来ていない客を待っていたが、今回も同じ。最後の一組はとうとう間に合わずバスは出発した。都内で聞いていた、酸ヶ湯積雪三メートルには到底及ばない感じである。バスの窓に届くか、二メートル少しくらいであろうか。それでも雰囲気は十分ある。
3年ぶりにここに来られて嬉しく思う。
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安魚のパカ

2月11日。間烏井一家は新青森駅に到着。去年の11月には一握りの雪が溶け残っていただけだったが、今日はムード満点の一面雪景色。明後日の酸ヶ湯温泉も期待できそうである。また、美術館でゆっくりシャガールを堪能するのも毎回楽しみである。

安魚はいつも旅行にはパカというアルパカのぬいぐるみを連れていく。二歳からそれは変わらない。パカの頸を握りしめて歩く。しかし、パカは青森で幾度となく行方不明になっている。落としたこと2回、ホテルに置き忘れシーツに巻き込まれ持っていかれたこと1回、そして今回は巡回バスに置き忘れられてしまった。
山のように一家の荷物を背負っている漁太郎は、安魚に気を付けるのは美魚の仕事である、と叱責する。確かにその通りで、パカを毎回遺失するのも、美魚が小さいやつが傍らに居ることを忘れて自分の思いにどっぷり浸かってしまうせいだと分かっている。

グレコの前で例のごとく安魚が
「パカがいない」
と青ざめた時、漁太郎は冷た~い目をして美魚を見る。
確かにバスには乗っていた、と安魚は言う。それすら美魚は定かではないが、漁太郎はパカを探しに美術館を後にしたことだ。

パカはいつも戻ってくるのである。
道端に落とそうが、施設に忘れようが、シーツに巻き込まれようが、ちゃんと取り戻せる。全て漁太郎の奔走によるのであるが、この世の終わりのように深刻になる安魚は意外と記憶力がよく、どの地点までパカがいたのかを明確に覚えている。ふっ、と握りしめた手を弛めてしまうのは幼児なので仕方がない。

美魚たちが館内を巡り終わった頃、フトコロに何気なくパカの顔を覗かせた漁太郎がすれ違う。
よかったねー、薄汚いパカよ。
野良パカにならなくて済んだねぇ。

美術館のショップで安魚は馬場のぼるの、11匹のねこシリーズに出てくる水玉ねこピンクを買う。
パカとへんなねこを連れて、次は浅虫温泉へ向かう。
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妖精に要請される時

去年の春辺りから、美魚は道端に落ちているゴミが何故か気になってたまらなくなり、安魚を園に歩いて送る往復40分間に、なんとなく拾い始めた。
レジ袋に始まり、菓子の個別包装、スナックの袋、からあげくんのパッケージ、団子の串、おにぎりのラップ、マックの捻られた紙袋、アイスの袋、アイスの棒、缶、ペットボトル、弁当殻、使用済みマスク、ティッシュ、タバコの箱、タバコの吸殻など、およそ歩きながら捨てていったと思われるゴミの数々を、トングとポリ袋を持参して拾い歩いた。
拾い始めると、ゴミしか目に入らなくなり、人目も気にならず、不思議とゴミへの怒りも感じないものである。
同じ園のママに目撃されても挫けずに、園の前でも平気で拾い、門の前に立っている職員にはやや、当て付けに見えたらしく、
「いいですあとで掃きますから!」
「きれい好き!」(皮肉か?)
などと注意されたりして、拾いづらいな、と舌打ちをしたりした。
公園に行けばベンチの酒盛りの後を片付け、弁当殻を集め、それでも一銭にもならない。無料奉仕なのだから。
雨の日は傘を射してまで拾い、知らないおっさんに「奥さん!ありがとう」
「なかなかできることじゃないよ!」
「きりがないでしょ?」
などと通りすがりに声をかけらる。

そんなことを安魚を巻き込みつつ、暫く続けていたら、歩く道が見違えるほどきれいになった。
トングとポリ袋が必要なくなってきたのだ。
往復でパンパンになっていたゴミは減少し、半年が経過したあとでは缶を一つ拾うくらいになった。
公園に放置される酒盛りの後のゴミ、弁当殻は姿を消した。
なので美魚はゴミ拾いを止めた。

美魚の役割は終わったのだ、と感じたのは、ゴミを拾うのをやめてからも道はきれいなのである。
これまでは3日も経つと元に戻っていたのに、不思議なくらいゴミがない。
纏められた弁当殻を見て、あとで拾おう、と思うと帰りにはなくなっている。
その理由が最近分かった。
別の人が嘗ての美魚のようにゴミ拾いをしているではないか。
それはおばさんだったり、おっさんだったりして、めったに目撃できないが、確かに拾って歩いてる人がいる。
ゴミ拾いは町会で要請されたり、PTAのゴミゼロ運動とかでイベント化したりして、面目を保ちつつやるもので、天下の往来のゴミ拾いを自主的にやる人は少ない。
自主的に始める時には、妖精に要請されるのである。
ゴミを捨てるな、環境破壊、と小学生の描いた怒りに満ちたポスターをフェンスにべたべた貼るよりも、ゴミを拾ってください、地球を愛してください、と妖精にやんわり伝えられる方が効果的なのだと美魚は思う。
報酬がいつ届くか、楽しみである。

ピエール瀧には敵わない

f:id:mauymiuo:20200103085939j:plain中野ブロードウェイで、まんだらけスタッフの藤子A 藤子B コスプレに気づいたのは安魚。ドラえもんの着ぐるみではなく、ルームウェアのようなものを着て働いていた。
ドラえもんが最高に板についていたのは電気グルーヴライブ、瀧の扮装だったなあと懐かしく思い出す2020年元旦の美魚だった。