しくしく泣く安魚
漁太郎が、安魚に絵本を買ってきて、読み聞かせをしていた。
タイトルは 地獄。
平安絵巻を絵本に編集したようなもので、安魚は漁太郎の横に張り付いて、熱心に見ていた。
随分興味あるんだな、と美魚は思っていたが、終にしくしくと泣き始めた。
怖さを知るのはよいことだろうか。
四歳のピュアなハートに地獄は必要か?
なんてことしやがる!トラウマになったんじゃねえのか?!
と、美魚は腹を立てたことである。
しかし、のんのんばあが幼少期にスピリチュアルな世界を垣間見させたお陰で、私達は水木しげるの妖怪に出会うことができる。
地獄が恐ろしい、と感じるのも四歳だからかもしれない。
もちろん地獄だけでは片手落ちであろう。
次は極楽の絵本を漁太郎は読み聞かせ始めた。
安魚は極楽にはあまり響かない様だった。
実際、
死んだらここに行けますよー
なんて云われてもピンと来ないもんな。
しかし、地獄だけは、時代を越えて幼児を恐怖させるらしい。
楽しいPTA
PTAとは何だろう。こども園にもやはりPTAは存在し、父兄は何らかの役割を担う必要がある。美魚は秋のお祭りの実行委員会に参加することになった。
単なるその他大勢である。
漁太郎はPTAは任意なんだから、参加する必要はないという。
でも、ポスター描いたりするのは楽しいですね。
それに、参加しません宣言なんて、わしゃできんわい。
他の私立幼稚園から移ってきた方が仰有るには、こども園は全然役員会が少ないとのこと。父兄は皆子供が三人居ようが、妊婦だろうが、仕事していようが、介護をしていようが
「みなさん同じです!」
の一言で片付けられて、役員を二つは引き受けさせられると仰有っていた。
よかったですねー、転園されて。
美魚は閑人代表なので、工作くらいは張り切るつもりである。
目に見えるものは現実ではないのかも
美魚は昔、シナリオの学校に通ったことがある。映画監督の運営している映像塾という所の、シナリオ科である。
其処で学ばせていただいたことは、
「あんたは思い込みが激しい」
という客観的事実であった。
それは、自分の見ている、感じている世界と、現実の世界が大きく異なるということだと理解している。
そんな昔のことをなぜ思い出したかというと、喘息と診断された安魚をつれて、再度医院を訪れた時に、医師が劇的に若返っていて吃驚したせいである。
初めて診察していただいた時に、美魚は医師を昭和末期の昭和天皇の様に感じた。
つまり、かなりのご老体だと思っていた。
なので、再診時に
(あれっ、息子さんかしら?)
と勝手に考えた。その医師はどう見ても六十代か、七十代前半。ヨボヨボではなかった。
だが、やっぱり同一人物らしい。
混乱しつつ、診察していただいた。
「あー、良くなりましたね」
「喘息ですか?」
「今日出す薬を飲んだら完全に治ります」
そうか、治るのか。
咳はまだたまに出るけど、大丈夫なのか。前回は六歳までかかるようなことを仰有っていたが、風邪が治ればいいんだな…。
診察を終えて待ち合い室で安魚と処方薬を待つ。昭和で止まってるって程でもないことに気付く。平成にはちゃんと突入しているではないか。
私は何を見ていたんだろう。
思い込みと連想ゲームで日々をうかうか過ごしている。
美魚の見ている世界は本当に現実なのかしら。
安魚喘息になる?
もう来なくていい、と医師に云われたものの、あまりにも咳が続くので、こども園から一番近い、別の小さな医院に安魚を連れていく。一時半から午後の診療なので都合がよい。
美魚が子供の頃に連れていかれたのは、こんな病院だったよな、と感じる昭和で止まっている個人医院。院長婦人の手芸作品が展示してある感じの…。清潔感があり、安心できる。
スリッパを履いて、受付をする。これまでの経緯、平熱であることなどを話す。
名前を呼ばれて診察室に入ると、看護師と、オーバー80もしくは90と思われる院長が迎えてくださる。
おもむろに安魚の熱を計る。
体温計を美魚に向けて
「何度ですかお母さん」
「36度9分です…。」
「あと一度で37度ですね!これは平熱ではなく、微熱というのですよ!」
いきなり叱られてしまう。
ざっと診察をされて、院長は
「初めは風邪だったのが、喘息を惹き起こしたのです、アレルギーも軽くあります。」
「うちは漢方で治します。今、4歳ですね。6歳迄にはこれで完治します」
とのことである。
喘息って、なんだ?アレルギーなんて、初見で分かるのか?最近安魚が押し入れに入ることを覚えたことなど、頭をよぎる…。
受付で処方された薬を受けとる。薬局じゃないのが久々だと思う。
容器代100円のみ。
二年間も薬が必要なんだろうか?(タダだけど)ほんとかしら。
喘息という病気なのかしら…。
因みに最初の画像は先日オフハウスで買ったボードゲーム。見てるだけで楽しい80年代アニメの力。
安魚がだだこねる
安魚が風邪をひく。大したことはなさそうだが、病院に連れていく。
受付でどうされました?と尋ねられ、美魚が答えようとする先に
「咳がたくさんでますが、スピードは変わりません」
と安魚が答える。医師にも、薬剤師にも同様である。
安魚には病院=マクドナルドとインプットされていて、今日も行く気満々である。
帰り際に病院のロビーにある自販機に気づいた安魚は、ブドウジュースをねだり始めた。
「これ買ったらマックは行かないからね?」
と美魚は念を押す。
果たして安魚はジュースを半分飲んだあとに蓋を閉めて
「これ明日の分ね、マクドナルド行こう!」
と言い出す。
困るのは、薬局の前にマクドナルドが在ることで、当然そうなると予測済みだった。ブドウジュースを買い与えた時点で美魚が駄目なのである。
安魚はマクドナルドに駆け込み、勝手に
「ポテト下さいあと、ソフトクリーム」
と順番も無視してカウンターにオーダーするではないか。
美魚は引きずり出して、さっきの約束どこいったの!と安魚をしかり、自転車に連れていこうとしたが、ここから本気で駄々をこね始めた。
行くのー!行くのー!マクドナルド行くのぉー!と泣きわめき、じたんだを踏み、小刻みに動き回り、店内に駆け込もうと美魚を引っ張り、その姿は通行人の晒し者になり、お店に迷惑をかけ、何より美魚は腹を抱えて笑いたいのを噛み殺さなくてはならない。
なにこいつ、オモシロイな。
こんなにお馬鹿な真似ができるやつだったのか。
美魚は悪魔将軍ばりに
「きさまー!私を裏切りおって、どうなるのか、わかっているんだろうなー!」
と叱らなくてはいけないのだが。
20分くらい喚かせたあと、美魚は安魚にひっぱられてマクドナルドに入りポテトを買った。
この顛末を夜漁太郎に話したところ
「バカ親とバカ子供」
うん、私、バカ親なの!
安魚はバカ子供だよ。
でも、すごく面白かったから…。
ぼこぼこにしても俺なら言うこと聞かせるし、第一俺にそんな真似はしたことがないという。
安魚のじたんだを一度くらい見ればいいのに。オモシロイよ。
暫くはマクドナルドは行きませんけどね!
移動ポケットは悪魔将軍
[
こども園での生活にも大分慣れた昨今。
気になるのは、
子供たちが腰にぶら下げているポシェットのようなモノだ。
あれは、なんだ?
ちょうどつけてる子のお母さんがいたので、
お訊きしてみた。
移動ポケットなるもので、
ズボンや、スカートなどのウェスト部分にスナップでぶら下げるのだと言う。
簡単ですよーとのこと。
美魚は早速作ってみた。
ダイソー端切れと、古いスカートを使用する。
スナップは手芸店にて購入した。
ドラえもんブルーで揃える。
いざ、作り始めると、全然簡単じゃねーの。
畳み方が全然分かんない。
四苦八苦しつつ、八時間くらいで完成したことだ。
安魚に着けてみる。
「あー、これ、悪魔将軍じゃん!」
安魚は腰にぶら下げた感じをそう表現する。
あー?そうか?
悪魔将軍の両太ももの上らへん?
よくわかんないけど気に入ったようである。
後日、その教えてくださったお母さんが、
作ったんですねーと気づいて下さった。
安魚は
「これ、悪魔将軍!悪魔将軍のポシェットなの!」
お母さんは
「あくま?、しょうぐん?」
と首をかしげる。
美魚が
「あー、キン肉マンていう昔のアニメに出てくる安魚のお気に入りのキャラクターで、」
と補足を試みるが
「きんにく?、まん?」
もうそこが通じないのであった。
(実際、ドラえもんだし)
旦那様なら、もしかしたらご存知かもしれません…。
祝 入園
安魚がこども園に通い始める。
入園式には漁太郎も出席。
美魚はヴィヴィアンのスーツを下ろせて嬉しい。
今だに君が代は斉唱するんだな、と感心していると、区民の歌斉唱。
知らないよ。存在すら。
在園児は元気に歌っておる。
園の歌が続き、着席。
漁太郎に親戚に配る用の記念写真を頼むが、
データーが消失。
…カメラマンがスナップを撮影していたのでそこに期待する。
あー、長かった四年間。
安魚はこども園。漁太郎も仕事。
美魚はフリーダムである。
嬉しい。
まだ短縮保育なので11時にはもう帰ってくる。
それでも来月には2時まで預かってもらえる。
その時間は千金にも値することだ。
嬉しい。
なんかすごく嬉しい。